情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明

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漫画、あるいは小説、もしくはエッセイなどの
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Dr.マシリトこと鳥嶋和彦の語る「プロデュース」と「メディアミックス」の話(1995年)

 「Dr.スランプ」「DRAGON BALL」という鳥山明の2大作品を担当した編集者であり、週刊少年ジャンプVジャンプの編集長としても辣腕を揮い、現在は集英社の専務取締役でもある鳥嶋和彦
 現在世界一*1売れている漫画作品「ONE PIECE」も、この人が編集長としてOKを出したからこそ世に出たのだ、とも言えるでしょう。



 2011年現在、アニメで、ゲームで、フィギュアで、グッズで、ジャンプ作品がものすごい種類と量でメディアミックス展開されていながら、そのクオリティが保たれている*2いるのは、この人の功績があったからこそ、と言っても間違いないのでは無いかと思います。
 そんな鳥嶋氏がVジャンプ編集長だった頃に受けたインタビュー記事で語ってる内容は、現在の「最強ジャンプ」などに繋がっているのかも、と思わせてくれます。


 などというあたり含め、竹熊健太郎氏が1995年に行ったインタビューを読んでみると色々おもしろくも興味深い。



 
 


 「マンガテクニック」1995年2月号に掲載された「竹熊健太郎が聞く 編集者見参!!」より。


鳥嶋:『ジャンプ』って、競争原理の極めてはっきりした編集部なんです。それは作家だけじゃなくて編集に対してもそうなので、自分で新人の漫画家を発掘して、連載を起こさない限り仕事がないんです。


 イマイチ判んないのは、そうであっても連載中の担当編集交替とかあるって事なんだけど、それは時代によって違うものなんですかね。
 社員であるということがいい方向に向く場合と逆とあるとは思うんですが。


鳥嶋:で、自分の担当していた新人に、試しにあだちさん*3風にラブコメのタッチを入れれてみたらとアドヴァイスしてみたんです。そうすると、それまでアンケートでどん尻のほうにいたその新人の読み切りが一気に上のほうへ行くわけですよ。そのあたりから、けっこう仕事がおもしろくなりましてね。
――編集のおもしろさに目覚めたと。
鳥嶋:自分でやりながら、読者と勝負することのおもしろさがわかりはじめたんです。


 1970年代後半から1980年代前半のラブコメブームは、雑誌を問わず、ジャンプだともう少しあとの「キックオフ」あたりがヒット作の嚆矢ということになるのでしょうか。
 入社時期とかから考えると「ナイン」あたりのあだち作品が、って事になるのかな。
 (あだち充は、「COM」投稿から頭角を表した漫画家ではあるけど、ラブコメ路線はデビュー少し後の話なので)


(「ドーベルマン刑事」の担当に任命され、女性キャラの書き換え「榊原郁恵風に」を平松伸二に依頼して)
鳥嶋:そしたら、ずっと十何位に張りついていた漫画が、四位に上がったんです。


―そんなに激烈にくるものなんですか。


鳥嶋:それで半年で終える予定だった漫画が、それから二年何ヵ月続いたんです。結局ぼくにとって「ドーベルマン刑事」を担当したことがひじょうに勉強になりましたね。


 鳥嶋氏が「どうしても読めなかった漫画」がこの「ドーベルマン刑事」と「アストロ球団」だった、という記述もあります。


 

鳥嶋:鳥山さんは絵はうまかったんだけど、ギャグの質が過去の『ジャンプ』にない形のものだったので、むずかしい。絵はうまいけど、たぶん、ものにならないだろうという先輩の評価がありましたね。
   「とにかく一回でいいから女の子を主人公にした読み切りを描いてほしい」とさんざん頼みました。
   それで「ギャルデカ・トマト」という読み切りを描いてもらったんです。
   (中略)
   そしたら案の定、十五ページの読み切りなのに、レギュラーをほとんど押しのけて四位になったんです。
   (中略)
   それで「Dr.スランプ」が始まりました。でも新人の、突発的に始まった連載なので、表紙にはしてもらえない、巻頭の色ももらえない。だけど、それがいきなり二位になったんです。


 新連載でも巻頭もカラーももらえなかった、というのは1980年5+6合併号のことですね。
 こちらのサイト>http://www.biwa.ne.jp/~starman/1980/1980jump.htm
 を見ると、アンケートの反響が返ってきたあたりから掲載順が急上昇し、その後も表紙などに進出してるのがわかります。
 


鳥嶋:キャラクター商品も、放っておくとものすごい粗悪な商品が出てくる(中略) とにかくアニメ会社は「業界の慣習ですから」と、二言目には言ってくるわけです。ぼくは「じゃ、業界の慣習はたったいま、この場でひっくりかえしましょう」


 昔のアニメキャラクターグッズは、色とか絵とかなんだこりゃってのも結構あって、オフィシャルとパチモノどっちがどっちだかわかんなかったりしたものです。
 もちろん、今でもあるのですが。
 そういうのが減った、というのはこの鳥嶋氏の行動に端を発しているのかも・・・。


 

鳥嶋:アニメ化や商品化というのは漫画の単なる付録ではなくて、キャラクターの情報をどういうふうに受け手に渡すかの、媒体の違いであるとわかったんです。
   そこでの担当編集というのは、一種の統合プロデューサーであると。アニメに関してもゲームに関しても、企画を含めて全部、原作を中心にした一つの企画であって、全体をトータルで運営するのがこれからの編集の役割だと。


 編集者・社員の「枠」的なものを考えると、才能を見出したからには一蓮托生、全部付き合わないといけない、ということなのかも。
 とはいえ、現在では海外展開やグッズ提携先の増加など、仕事の量や幅が広がっているのは間違いなく、かつ、連載の長期化、社内での移動とかあったりすると最初から最後までは付き合うのが難しいんじゃあないかなあ、とも。


鳥嶋:ぼくは基本的に、才能を見つけて、それが育つ過程を見ているのがいちばん好きなんです。


 沢山の新しい「才能」が集うジャンプならではこその発言でもあるかもしれません。
 育った後は、と考えると、ほら、ゴラクとかバンチとかですねえ。



 

鳥嶋:でも、いつも、つくづく思うんですよ。子供には勝てない。二十年編集生活をやっていて、これがたった一つ残っている鉄則ですね。


 この辺、「バクマン。」で描かれてるジャンプがなんだかおかしいなあ、と思う点に繋がってるのですが、より低年齢の読者を考えて居ればこそ「最強ジャンプ」を出すという決断に繋がったわけですよね。



 鳥嶋取締役が目指してるのは何なのか、というのは、これからのジャンプ各誌、いや、集英社の雑誌群から判ることになるのでしょう。
 読者としては、毎週の週刊少年ジャンプ、そして16日発売のグランドジャンプなどを読みながらあれやこれやと言って置けばいいんですかね。


 といった所で今回はここまで。



*1:日本一の「漫画」は世界一の「MANGA」といって差し支えないと思う。

*2:・・・いやまあ、時たま大外れもあるけど

*3:あだち充