情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明

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漫画、あるいは小説、もしくはエッセイなどの
印象、あるいは連想、もしくは感想を書いてるBlog。

椎名誠が、いしいひさいちの描く「まなこ」を語ったエッセイ(1980年)




 今年は、いしいひさいちがデビューしてから40周年ということで、文藝別冊のこんなムックも出ています。これすげー面白い。
 いしいひさいち  仁義なきお笑い (文藝別冊/KAWADE夢ムック)



 また、コミケではプロ作家が参加して、いしいひさいち本人が表紙絵を描いた「バイトくんトリビュート」なんて同人誌も発刊されていました。(参考>青木俊直氏による バイトくんトリビュート同人誌「大好き!バイトくん」コミケにて販売 - いしいひさいちFC仲野荘更新ブログ)*1


 そのいしいひさいちの名前と作品を、一躍全国区に持っていった作品はやはり「がんばれ!!タブチくん」でしょう。
 実在野球選手をモデルに、あくまでもイメージ上のモデルとして描かれた作品。
 なんと単独公開作品として劇場アニメ化もされています。(4コマ漫画原作で、劇場公開作品が第3弾まで続いたのは、この作品が史上初のはず)


 その劇場公開アニメの「がんばれ!!タブチくん 第2弾 激闘ペナントレース」の劇場パンフレットに掲載されていたのがこちらの文章。

 (パンフレット表紙)


 椎名誠が漫画の解説めいたものを書いてる時点で結構珍しいのですが、実に面白い。
 

「がんばれ!!タブチくん」の凶悪めんたまつながりには感動してしまう


 椎名誠(本の雑誌編集長)




 いしいひさいちのマンガは眼がいい。眼がいい、というとなにか黒いヒトミ、あるいはつぶらな瞳とかいうようなかんじだけれど、そうではなくて、この場合は「まなこがいい」と言った方が正確なのですね。
 いしいひさいちの描くマンガの登場人物の「まなこ」は、そのヒトの置かれた境遇、状況、精神状態によってじつに正しく変化けしていくのである・
 そしてこのへんがじつにたまらないところなのである。


 たとえば「タブチくん」に比較的多く描かれるまなこは「点」がふたつ、である。つまり眉毛の下に「てんてん」というかんじ。
 これはまだまだたいした事件もおきず、タブチ君もわりあいこころ静かな状況の時と、なんとなく不愉快だなあ、というようなふたとおりの状況に登場する「まなこ」なのである。同じ「てんてん」のまなこであるけど、感情的にまったく別ものの意思と意図をはらんでいるのだ。
 ぼくはこの、なんとなく不愉快だな。なんだかこれは相手におちょくられているかんじだなあ、という時のあのタブチくんの「てんてんまなこ」が好きである。


  


 そういうふうなまなこのかんじ、というのは実際のニンゲンの眼つきにもよくあるでしょう。


 ジャズピアニストの山下洋輔は、こうしたニンゲンのまなこの分析にかなり鋭い人で、ぼくははてしなく尊敬しているのだけれど、この山下洋輔分類によると、こうした「てんてんまなこ」は実に明快に「点眼」と名づけられているのである。
 まことにかんけつ。しかもきわだって正確ではないか。
 山下洋輔はさらに、タニシ眼、トカゲ眼、ヘビ眼というまなこの発見、分析、分類を行っている。
 トカゲ眼やヘビ眼の類はさらに大きく「凶眼」という大分類にくくられていくのだが、いしいひさいちの描くまなこでも、とくに最大のコーフンと感動を呼ぶのはこの、いしいひさいち流「凶眼」の世界である。



 よく出てくるでしょう。
 タブチくんがモーゼンと怒ったとき(わりといつも怒ってるけど)三日月をサカサにして、すっかり白眼ばかりになってしまうあのまなここそ凶眼の原点なのである。
 この凶眼はさらにいろいろに変化する。まだ怒りは浅く、憤怒指数50ぐらいの時は、同じ凶眼といっても黒眼がはじの方にすこしばかり残っていて、ま、場合によったらこのあたりからなんとなく機嫌を直していってもいいけどさ、というような、まだ怒りの中にもいくばくかの余裕が感じられるのである。


 


 この三日月がさらにスーッと細くなっていって、両眼がピタリとくっついた時、つまり赤塚不二夫ふうに言えば「めんたまつながり」の状態になったとき、われらのタブチくんの怒りはキチンとワンパターンふうに爆発するのである。


 



 そしてぼくがタブチくんのまなこのうちで、もっともオソロシ的に素晴らしいなあと思うのは、このめんたまつながりの凶眼にフワリと半分だけまぶたがかぶさってきて、ちょうど酔眼様の、もっといえば風雲ラリパッパッ状のかんじになるときである。


  


 いしいひさいちの描くタブチくんの魅力は、まさにこの素晴らしい凶眼のなかに凝結している、といっても過言ではないのだ。あっすごく過言かな。
 ま、いいや。それからまたタブチくんのマンガの登場人物のなかで、この「凶眼」になるのはタブチくんだけ、というこだわりかたもなかなかよろしいのである。
 ヤスダはいつも点眼かタニシ眼であり、ヒロオカは眼鏡の奥にスッと細くとんがったニヒル眼ですべて勝負している。


  


 そうしてぼくは時々思うのだけれど、このヒロオカのニヒル眼が、なにかの拍子に、めんたまつながりの凶眼となったときというのは、とにかくもうこれはすさまじくこわいだろうなあ、ということなのである。


 椎名誠の著作でも「眼」に関しては色々と書かれていますが、この「まなこ」の分類は的確かつ簡潔で、なるほど、と思わせてくれます。
 ミヨコさんも逆さ三日月白眼になったりすることはあったかもですが、段階と変化という点では主人公が最も多く描かれているのはそうでしょう。


 現在もいしいひさいちスターシステムの中で活躍し続けるタブチ、ヒロオカ先生、ヤスダなど、当時から変わっている部分と変わっていない部分とあります。


 比較的近年の作品である「ホン!」での、ヒロオカ先生はやっぱりこの眼だったりするんですよね。
 しかし、主役なので白目に変化してるコマも。


  



 アニメの声の出演は、今見ても豪華メンバーですなあ。


 


 といった所で今回はここまで。



 がんばれ!!タブチくん!! (阪神死闘篇) (双葉文庫―ひさいち文庫) がんばれ!!タブチくん!! 激闘ペナントレース [DVD]


*1:コミティア系の漫画家さんが多く参加してるのにコミティアでは売れない、というね

読んだ本

  1. 隔週近代麻雀
  • 近麻
    • 他の作品の金額とか考えると、貧乏人同士で小銭を取り合ってる様にしか見えないんだよなあ・・・>鉄鳴きの麒麟児@塚脇永久(闘牌監修:渋川難波)。
    • 他にも複数能力持ちって居るんですかね。そうじゃあないと(リスクがあるとはいえ)コイツだけ特別すぎる。>牌龍−異能の闘牌−@森橋ビンゴ×戸田邦和
    • 普通の麻雀漫画的には、引くほうが正義なんだよね。まだまだ登場人物も揃ってないか。>雀術師シルルと微差ゴースト@片山まさゆき
    • 河底を・・・切らない!引っ張るなあ・・・。>アカギ@福本伸行
    • 最後まで宇宙人ネタを貫いたか。E.T.って、もう30年も前の映画なんだなあ>ムダヅモ無き改革-獅子の血族編-@大和田秀樹
    • 白目合戦。同点の場合、各半荘での切り捨て分とかで優勝決めるのか、延長戦かどっちだろう。決めてないんだっけか>バード雀界天使VS天才魔術師@青山広美×山根和俊
    • 警察のガサ入れの頻度とかってどの位なんだろう。あと、こうやって没収した金のうちかなりの額が横領されてるんだろうなあ、とか>ぴんきり-麻雀銭道-@根津はじめ×めぐり周。