情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明

情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明


漫画、あるいは小説、もしくはエッセイなどの
印象、あるいは連想、もしくは感想を書いてるBlog。

飢えるよりは犯罪を犯して刑務所に入ったほうが良い、というのが19世紀にもあった、という話。



 生活保護とか健康で文化的な最低限の生活とかの話なんですが、刑務所とシャバを行き来して、冬になると軽犯罪で刑務所に行くとか、老齢の受刑者が刑務所で介護受けているなんて話があります。


 この辺ニッポンの刑務所 (講談社現代新書) 刑務所図書館の人びと―ハーバードを出て司書になった男の日記 の本を最近読んだんですが、前科があると就職難しいし、「死なない」という選択においてはそれもアリなのかなあ、とも思ってしまいます。


 で、過去に実際あった話。


 イギリス議会は一八三八年に救貧法を成立させたが、アイルランドの飢えた一般民衆の数は、この法律に基づく制度の枠に収まらなくなっていた。
 また、刑務所で出される食事は救貧院の食事よりも量が多かったため、救貧院の収容者がより多くの食事を求めて犯罪に走るというケースも頻出し、それを防ぐために刑務所の食事の量が減らされたほどである。

「食の500年史」 第5章“道徳経済から市場経済へ”P108 より食の500年史



 当時と現在では事情が異なる部分がままあるとはいえ、「刑務所の食事の量を減らす」っていう結論に行くのか・・・。


 今でも刑務所の食事は「死なないような栄養計算」に基づいてるんだけど、うーむ。
 コンビニ食やなんやかやよりはよっぽどマシだったりしますからねえ。
 ただ、死ぬよりは良い、っても、雑誌もネットも酒も甘味も無しの世界に行くのと引き換えだとねえ。



 刑務所と食事を扱った漫画ではこの辺がありますが、毎日コンビニか牛丼チェーンってよりはずっといいんだよなあ。
 刑務所の中 (講談社漫画文庫 (は8-1)) 極道めし 1 (アクションコミックス) 極道の食卓獄中編 第1巻 (プレイコミックシリーズ)


 「刑務所と同じメニュー」をそれなりの値段で毎日出す食堂が街中にあったら通いたいくらいだけど、それもなんか間違ってる気がする。



 といった所で今回はここまで。