ブラジルの紳士が天国へ召された。そうしたところが、退屈で退屈でしょうがない。
まことに結構なんだけれども、結構づくめというのもどうしようもないものであくびばかり出る。
それで、天国の端に歩いていって、下を見下ろすと、地獄は熱いやら、煙たいやら、血が流れるやらで、えらいにぎやかで、面白そうに見える。
その地獄の隅っこの方で一人の男が椅子に腰かけて、テレビを見て、酒を飲みながら、横に女をひきつけてる。
そこで、ブラジルの紳士は、サン・ペドロ(ピーター聖人)*1にむかって、「あの男は、地獄であんな楽しそうにやってる。オレは天国よりも地獄へ行きたいなア。替えていただけませんか」と言った。
サン・ペドロがニッコリ笑って、「じゃあ、説明してやるけれども。あいつの見ているテレビ番組は<政府の窓>という広報番組で、横に座っているのは三十年来のカビの生えた古女房で、飲んでいる酒は国産ウィスキーだぞ。それでもいいのかネ」と言った。
ブラジル紳士は、たちまち蒼ざめて、「やっぱり、天国に置いといてください」
開高健「食卓は笑う」に収録された南米笑い話のうち一つ。
この本に収録されてる小噺は結構ネット上に転載されてますね。「北京 兵隊 女房」なんかで検索結果にでてくるのなんかはそうです。
実際、2ちゃん発だと思われてる有名コピペでも、極短小説*2あたりがネタモトなのは結構あるし、オリジナルはと変えられちゃってるのなんかも。
都市伝説が生まれる過程ってこういうのなんだろうなあ、とか思ったりします。
*1:サン・ピエトロ大聖堂の名前の由来となった十二使徒のうち一人「ペテロ」である
*2:もともと「55語」で完成させること、っていう条件で書かれた短編小説群