あるいは「冨樫義博はイラストレーターの夢を見るか」、もしくは「流れよわが涙、と編集は言った」、または「連載が終わり、世界の終わりが始まった」。
ということで連想ゲーム。以下の条件に当てはまる人物は誰でしょうか。
- 週刊少年ジャンプ出身の漫画家
- 20歳前後でデビュー
- ある時期の「三枚看板」の一角
- 原稿を落とすことで有名
- ジャンプ誌上でネームが掲載されたことがある
- でも「天才」なので結果的に許されてる
- 奥さんが美人
そう、冨樫義博ですねって、実は上記のことは江口寿史にもすべて当てはまるんですわ。
デビュー時期には10年くらい差がある両者ですが、妙に共通点が多いような。
(ギャグマンガ家とストーリー漫画家じゃ違う、とも言えますが)
今の江口寿史はイラストレーターになっちゃってますが*1、一応はまだ漫画家だった*21988年(昭和六十三年)の小学館「GORO」9月8日号(No.18)より江口寿史の取材記事。
(幻の作家うんぬんの風評については)連載を責任感なくほっぽってきましたから、いわれる理由については明白で、ボクの責任ですよ。
記事内に週刊漫画アクション、月刊あすか、ビッグコミックスピリッツ、ロッキンオンジャパンの編集のコメントも載ってるけど、共通してるのは諦観。
デビュー10年ちょっとにして、もうまともに描くことを期待されていないんですな。
でも、かけないとか原稿が遅いのは、どんなに頑張っても足の遅い人がいるように、生まれつきのものでしょ。編集者の人が言ってるのはいいけど、それをいろいろと騒がれるのはちょっとね。
素人は口を出すな、と。
この頃だとインターネットは無かったわけですが、それでも本人に届くレベルの声が上がっていた、と考えると慄然とします。
でもそのときは、こんなんでいいのかなぁって思いました。おいそれとマンガ家になれるわけないと思ってましたから。
始めて描いた漫画をジャンプに投稿、20歳でデビューしたことについては結構控えめ。
でも、パイレーツの頃が21〜24歳って考えると(現在の基準からすると)早咲きの天才だったんですなあ。
理想を追いかけて量がかけなくなってますからね。
でも、ボクは世の中に何を訴えたいとか、いいたいことがあってマンガをかくわけじゃないしね。お金がほしくてかいたこともない。
マンガをかくのは同業者の中で抜きん出た存在でいたいからですよ。
この辺はどうなんでしょう。理想と速度は反比例。
あと、江口寿史の「同業者」って誰でしょうか。現在のインタビューとかでも職業は「マンガ家」と記載されてはいますが、現在の彼を商売敵と考えるのはイラストレーターや企画屋さんであって漫画家では無いのではないでしょうか。ある種の「勝ち抜け」っぽい感じなのは確かですが・・・。
遊びにいってもマンガのことが頭をよぎるし、飲んで騒いでもギャグのことなんか考えてますからね。
ゲームをしていても、子供と遊んでいても、と置き換えるのは止めておきましょうか。
冨樫義博だって、もう描かなくったって孫の代まで遊んで暮らせる*3くらいなわけで。
それでも、というのは業なのか義理なのか。読んでもらいたいという欲求が何なりとあるのかもしれません。
これからは、やりますよ。
と言ってますが、結果を見ると・・・。
この20年に出た江口寿史の漫画単行本は全部で36冊*4。そのうち、純粋に新作と呼べるのは8冊にすぎず*5、残りは再編集、文庫、再録、新装版などです。
実際、イラストレーターとしての仕事の方がメインでしょうし、上の数字は編集やイラスト集、エッセイは含んでいません。ので、入れれば全部で50冊くらいに関わったことにはなるか。
週刊連載という過酷な、しかも自分一人での理想を追求するのは困難な環境に於いて*6、こういったタイプの天才は掲載誌とそのペースに縛られることすら苦痛を伴うのかもしれません。
しかし、その雑誌ならば読者数が多いのも確かなこと。
漫画家出身のイラストレーターとしては、江口寿史は稀有な成功例であるのかもしれませんが、過去の読者の影響力がまったく無かったとは言い難いんじゃ無いでしょうか。
ただ、理想と現実の折り合いをつける為に「敢えて落とす」というやり方は少なくなって行くのかもしれません。
最近の雑誌では、週刊誌での隔週・月1・シリーズ連載、隔週誌での月1連載、月刊誌での隔月連載や不定期連載など、多様な連載方法が発達しています。
(ただ、それは読者の雑誌離れをより一層加速させることになっているかもしれませんが)
もう好きにしてください。
ぶっちゃけ、どっちもちゃんと描いて欲しいけど、もういいや、ってな部分もあるんだよなあ。
フランク・ハーバートやロバート・ジョーダンの様に未完を残してこの世を去っても、そこに無念が残らないのならば、それはそれで望んだとおりの結末なんでしょう。
それこそ情熱が無くなっても惰性で書かれた話の悲しい結末、なんてのの実例も多分にあるんで、せっつく意味も意欲もありません。
いまさらひばりくんの完結編なんか描けないだろうしね。
おまけ
1982年の週刊少年ジャンプ新年号より、江口寿史の写真2つ。
表紙と、各作品のトレーナープレゼントより。
#冒頭のはもちろん、フィリップ・K・ディックの小説タイトルより。「(某編集者)の三つの聖痕*7」はキツすぎるんでやめました。これは別の小説家の担当編集の実話、というのが嫌なところです。