先日、NHK-BSで押井守特集やってたそうで。その中でこの「天使のたまご」も放映されたみたいなんですわ。
で、それ関連のをWeb上で見ていくうちに、この記事に突き当たりまして。
押井版ルパン三世 - Wikipedia
あれ、「予定されていたストーリー」って、これと違う話もどっかで話してなかったっけ、ということで探してみました。
そういうわけでアニメージュ1985年12月号付録「天使のたまご GUIDE BOOK」よりインタビュー記事。画像はフォト蔵使用。クリックで別ウィンドウ原寸表示。
「天使のたまご」を語るには、実現しなかった押井版・映画「ルパン三世」第3作からはじめるのが、わかりやすいかもしれない。押井さんがそこで盛りこもうとしたのは、“もはや盗むものがなにもなくなったルパン”という設定であり、そのがルパン盗もうとするものが“天使の化石”という“あり得ないもの”であった。それが、どういう形で「天使のたまご」に移し変えられたのか?
ルパンから始まった
AM:「ルパン」で使えなかったアイデアがそのまま「天使のたまご」に流用されていると思うのですが
押井:設定を流用したのは“天使の化石”だけなんです。
AM:少女は?
押井:もちろん女の子も「ルパン」で中心的な役割を持っていた。けれども、人物設定がちがう。
AM:具体的に教えてください。
押井:「ルパン」の女の子は、20世紀の東京のど真ん中に出現した奇妙な塔に住んでいるんです。
この塔を作ったのが、モーゼとガウディをたしたような老建築家で、少女は彼の孫むすめである。
彼女は、老建築家の12人の弟子のうち、生き残った4人にかしづかれている。彼女は部屋を一歩も出ず、車椅子で生活しているらしい。
この塔で殺人事件がおこり、証拠写真に“女の子の白い手”がうつっている。ルパンがこの謎に挑もうと、塔にしのびこむ。
内部に入ってみると、白い羽が床に散っていたり、小動物の死がいなんかがある。
じつは、この少女は、老建築家の孫むすめではないことが、不二子の調査によってわかる。
この少女はいったいだれなのか?じつは、少女は“天使”であって、人間をからかって殺していた、という話です。
異様な女の子というか、塔そのものがダンテの「神曲」の“地獄篇”をもとにしていて、女の子はベアトリーチェ、というのがぼくのイメージだったんですけどね。
AM:それにくらべると、方舟の少女のほうは、人間の女の子になっているわけですね。でも、なぜ女の子を出したいと思ったんですか?
押井:よくわからないんですよ。それは。むかしは、あたるとか夢邪鬼のオッサンとか、そういう人物のほうが好きだったんだけど(笑)。
ただ、今回は“いかにも少女”という定着したイメージを利用したい、ということがあった。
AM:少女は“たまご”をかかえている。彼女は、たまごがかえって、鳥になると信じている。しかし、たまごを割ってみると、なにもない。これにとまどう人も多いと思うんですが……。
押井:少女はたまごの中味を信じているわけだけど、その中味は、いまここにはないものである。
つまり、“たまごは割ってみなければ、なかになにが入っているかわからない”。
それで、少年がたまごを割ったときに、なかにはなにもなかった。少女は“ないもの”を信じて生きていたわけです。
たまごは、ことばを変えていえば、夢とか希望だと思う。それは、いまここにはないもので、可能性として存在しているだけである。
しかし、夢とか希望を信じているうちは、人は、ほんとの現実には出あっていないのだ、と思う。
AM:たまごが割られて、少女は自分の夢が破壊されたのを知る。そのときはじめて、ほんとうの現実に出あう、ということになるわけですね。
押井:ということですね。
世界が新しくなる物語
AM:そのきっかけを作るのが、少年である。
押井:こういう人間関係は、テネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」に出てくるんです。
ずっとなにかを待ちつづける女の子がいて、そこにある男がやってきて、それで去っていく。
他者に出あって、世界が新しくなる、という話なんですけどね。
AM:一方、少年の方は十字架のような銃をかかえている。これは?
押井:やはり現実をになって、ある重荷をしょって生きている象徴ですね。それが少女の前に圧倒的な他者となって出現する。
AM:少年は“鳥を見た”という記憶をひきずって生きているわけですが、少年はあらかじめ、自分のさがし求める“鳥”が、もういないということを知っている、と考えていいわけですね。
押井:そうですね。もう鳥はいないんだ、天使の化石は鳥ではなかった。ただ、羽毛だけが残って、海岸に打ちよせられているような、そんな世界に、彼は生きているわけです。
AM:少年の追い求めていた鳥というのは?
押井:神話的モチーフとしての鳥なんだけど、こんどの作品では、それをできる限り生々しく描こうと思ってました。鳥というのは、なんか気持ちの悪いものなんだけど、さらに気持ち悪く描こうということで。
AM:ラストの羽毛は、もともと鳥なんかいなかったのだ、という意味なんですか?
押井:ノアの方舟*1から放たれた鳥は戻ってきたとされている。でも、ほんとうは、戻ってこなかったのではないか。海上で死んでしまったし、あるいはまだ飛びつづけていたりして、羽毛だけが海岸に打ち寄せられたりしている。鳥はいないんだけど、羽毛は舞い散るということで、ある情緒が出てくれれば、ということですね。
AM:救いがある、とか?
押井:ラストっでは、少女のほうには救いを託したつもりなんです。でも、いかにも予定調和に出てくるんじゃなくて、ある種のわかりにくさを持たせてますけど。
どうしてもキリスト教が出てきてしまう
AM:キリスト教的モチーフが、この作品位はちりばめられているんですが、それは、なぜ?
押井:自分のオリジナルをやろうとすると、どうしても出てきてしまう世界が、キリスト教なんですね。
どんな人にもある“バックグラウンド”が、ぼくの場合キリスト教的世界だったということにすぎないと思うんです。
ただ、もともと、自分のなかに、宗教的情動みたいなものとか、妙な終末観があることはたしかです。
AM:こんどの作品の場合、現実の日本を舞台に、こういう一種観念的な作品をやることも可能だったと思います。それをあえて抽象的舞台にしたのは?
押井:まず天野(喜孝)ちゃん*2のキャラだと、現実の日本を舞台にするにはツライ、ということがあった。それから、この企画以前のものが、すべて現実の日本を舞台にした企画だったんだけど、それがすべてつぶれてしまった、ということがあった。
ドタバタも考えた
AM:「ルパン」もふくめて……。*3
押井:そうです。ほんとは「天使のたまご」も、24時間営業のコンビニエンスストアのドタバタがあって、なぜか毎夜8時になると、方舟がドーンと入港してくる、というようなイメージを持っていたんだけど、なんかそれをやると、この作品もボツになってしまうような気がして。
AM:それで、抽象的な舞台にした?
押井:現実的な要素はすべて切ってすてた、という感じですね。この作品は、いわば“未来の側から作った物語”といえると思うんです。
ノアの方舟で生きのびた末裔の最後のひとりが、あの少女で、彼女がなにかに出あって、自分の世界を崩壊させてしまう。
少女が自分のカラを破ることで、変身してしまうならば、彼女のもともといた世界にピリオドを打ってもかまわない。
AM:つまり、あの世界は彼女で終わりになる?
押井:ということですね。あの世界そのものが、少女の自我の作り出した世界だったかもしれない。
少女の自我の範囲でしか、あの世界は存在しなかった。たまごを割られることで、少女の自我が変貌する。
そのとき、あの世界も姿を変えるはずである。もし、この作品に宗教的意味が出てくるとしたら、そこにしか出ないと思いますね。
AM:宗教的意味というのは、他人に出あうことで、自分の世界をこえたなにかが新しく見えてくる、というような意味ですね。
押井:そうですね。新約聖書の世界というのも、いわばイエスとの出会いが、いろんな人に宗教的回心をもたらすという、出あいの話なわけです。
古典の捏造
押井:それで思うんだけど、ぼくのやってることは、“古典の捏造”なんだ、ということです。
AM:古典の捏造?
押井:ええ。ほっとけば、どんどん古典のほうに吸収されていく物語を捏造してるんだという感じがする。
本当はもっと、うさんくさい安ピカものでうめつくされた世界から、なにか清浄なものが出てくる映画というイメージだった。
それがどんどん“芸術映画”のほうへ純化されてきた。ここまで純化された世界になるとは思わなかったけど、ここまで来たものは妙に“古典の顔”をしている。
このフィルムを作っている途中で、自分は古典を捏造しているのだ、と考えるようになってきたんです。
AM:捏造ということは、古典にそっくりな作品を、あえてそれを意識しつつ作るということ?
押井:そうですね。映画というのはもともと、うさんくささをどこかしら持っている、ジャンルなんだと思うんです。
すべて人工的な操作のもとに作られているのに、どこか芸術っぽい顔も見せたりする。
この作品の場合、なにがそれにあたるのか、というと、やはり、古典のような顔をした作品を捏造するということなんだ、と思うんです。
だから、少女のイメージも、いままであった少女像みたいなものを、すべてとりこんだうえで、たまごをだいているというような、妙ななまなましさを持ったものとして、描いているわけです。
一時期品切れんなってましたが、今はDVDも文庫も再版されてるんで簡単に手に入ります。
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こっちのはイラストブックというか絵本に近いもの。
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